ジョズエのひとりごと
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2007年 02月 21日 |
ハハウシがミルクを生産&絞り、グランマが搬送、
パパが哺乳瓶で飲ませるという供給ラインが出来ました。

この方法の良い点

①とにかく痛くない!
②パパが授乳に参加できて嬉しそう。
③多めにストックをつくれば、睡眠時間が確保できる。
④息子がどれくらいの量を飲んでいるか、はっきり分かる。

この方法の心配な点

①時々むせてしまい、苦しそう。
②哺乳瓶に慣れてしまうと、胸から直接飲むのを嫌がるようになるかも。
⇒実は、ドクターが我慢して続けることを勧めた最大の理由はコレです。

始めのうちは、供給量が需要量を大幅に上回っていたので、
冷蔵庫に並ぶストックを見ては、
「これ、売れそうだな~」と冗談を言ったり、
「これだけあれば、4時間は睡眠を確保できるぞ」
とニンマリしたりする余裕がありました。

が、しかし・・・・

そんなニワカ牧場経営も長くは続きませんでした。

もともと食欲旺盛だった息子。
哺乳瓶で飲むことにすぐに慣れ、むせることもほとんどなくなり、
こちらが2回分として用意した量も

「ゴクッ ゴクッ ゴクッ ぷはぁ~ おかわり!」

という感じで、あっという間に飲み終えてしまう。
マズイ!!このままでは生産が追いつかない!!と焦るハハウシ。
そして、焦れば焦るほど伸び悩む生産量。

結局、1週間足らずで需要が供給を上回りました。
供給ラインは限界。さて、どうするか・・・

産地直送に戻ることにしました。
(幸い、その頃には傷もほぼ癒えていた)

上記の心配点②に書いたように、
哺乳瓶に慣れた息子がどういう反応を見せるかが
少し不安だったのですが、
全く問題なしでした。

ドクターの忠告を若干気にしていた私でしたが、

「お腹をすかせた赤ちゃんが、それしかないと分かれば、
哺乳瓶からだって、胸からだって、何だって飲むわよ」


というグランマの言葉を信じて正解でした。
だてに3人も育てていませんね。

感謝、感謝です。
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# by jozuegoma | 2007-02-21 07:56 | baby |
2007年 02月 11日 |
文字通り、血と汗と涙を流しながらの授乳。

陣痛は「もうすぐbabyに会える!」という前向きの痛みであって、
必ず終わりがあるもの。
だけど、この痛みは終わるどころか、悪化する可能性大の痛み。
更に、肉体的なものに加え、精神的な痛みもありました。

息子は可愛い顔で一生懸命飲んでいるのに、
私は「イタイ、イタイ」と叫んで、
苦痛に歪んだ顔を見せなければならない辛さ。

本来嬉しいはずの息子の豪快な飲みっぷりに対して、
「勘弁してよ~」と思ってしまう悲しさ。

そんな状況が1週間ほど続き、
とうとう我慢の限界に達しました。

市販の薬で騙し騙しやってきたけれど、
何かもっと強い特効薬はもらえないだろうか?
何かいい解決策はないだろうか?
そんな期待を胸に病院へ。

ところが、ドクターから得られたのは

「今はまだベビーもママも慣れていないだけ。
飲み方や飲ませ方が上手くなれば、自然と解決する。
もう少し我慢して続けましょう。」


という、何の助けにもならない答えでした。
我慢が出来なくなったから、病院に来たのに、、、。

そんな時、救いになったのはグランマのアドバイスでした。

「傷口が治るまで、搾乳機で母乳を搾って、それを哺乳瓶で飲ませたら?」

実は、随分前から搾乳機や胸マッサージについて
話してくれていたグランマ。

私は、耳には入っていたけれど、
理解して受け入れるまでには至っていなかったんです。

なんせ、中途半端な知識しかなかったから、

*搾乳機⇒過剰分を絞るもの
*哺乳瓶⇒母乳以外(粉ミルクor果汁)を飲ませるもの
*胸マッサージ⇒激痛

としか思えなくて。

また、授乳の時以外では胸に触れたくなかったし、
考えたくもなかったというのもあり、
限界に達するまで聞き流してしまっていたアドバイス。

「よし、それでやってみよう!」

ハハウシ生活が好転した瞬間でした。

《続く》
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# by jozuegoma | 2007-02-11 22:48 | baby |
2007年 02月 06日 |
ハハウシ=母牛

これは、息子を出産後、夫が私につけた呼び名である。

妊娠中はお腹の出っ張りに応じて、
「ダック(あひる)⇒トトロ」と変遷した私の呼び名。

「もうちょっとマシな言い方はないの?」
と文句を言いたいところですが、
毎日ひたすらミルク製造に励んでいる自分の生活を省みると、
言い得て妙かもしれない。

今でこそ、ハハウシとしての役割が板についてきましたが、
最初から順風満帆という訳ではありませんでした。

子供を産んだら、その瞬間から何の苦労もなく、
ハハウシになれると信じて疑わなかった産前の私。

ベビー用品の研究・準備は念入りにしても、
母乳育児の勉強や胸ケアの準備は全くしていませんでした。
その必要性に気づきもしなかったなぁ・・・。

そして、当然の報いとして、トラブルに直面しました。

生後すぐから、息子の飲みっぷりがすごかったので、
体育会系のノリで「ヨッシャー!」と気合で授乳を続けていたところ、
2,3日後から、胸が痛くて痛くてたまらなくなる。

胸から血が出てる・・・・・

胸全体は石のように硬く張っているし、傷口は空気に触れるだけで痛い。

それでも、
全身全霊で泣き叫んで、「お腹すいたよ~~」と訴えてくる子牛を前に
休む暇なく授乳をしなければならない。

私の中では陣痛よりはるかに痛くて辛かったです。

その後どうなったか、、、

長くなるので、続きは次回。
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# by jozuegoma | 2007-02-06 05:23 | baby |
2007年 02月 04日 |
「産後はイライラしたり、涙もろくなったりする人が多い」
という、いわゆる産後ブルーについては、
本で読んで知識は持っていましたが、
ご多分にもれず、自分も経験することとなりました。

出産して2時間後、
「今からバスルームへ行きますよ」
と2人の看護婦さんが病室に来ました。

出産直後だし、歩くの怖いなぁと思いつつ、
2人に抱えられてバスルームへ。
(個室についているので、たった3mの距離なんですが)

これまた2人に見守られて便座に座る。
(昏倒を防ぐため、看護婦さんは横で待機中)
産後、なるべく早い段階で尿を出すことが大切らしいです。

看護婦さんを待たせては悪いと、出すことに意識を集中してみるものの、
・・・・・・う~む、出る気配がない。

どうしようかなと考えていると、、、突然、目から涙がぽつり。

自分でも予期せぬことに驚いている間に
次から次へと涙が溢れてくる。

驚いたのは私だけでなく、看護婦さん達も。
涙の理由を推し量って、口々に慰めの言葉をかけてくれる。

「トイレぐらい1人で入りたいわよね~。ごめんなさいね。」
「傷口が痛むわよね~。ゆっくりでいいのよ。」
「今までずっとお腹の中に居た赤ちゃんが居なくなって寂しいわよね~」

ボロボロ涙を流しながらも意外と頭の中は冷静で、
どの理由も違うよ、、、と思う私。

「別に見られているのが嫌な訳ではないし、
痛い訳でもないけれど、ただ、涙が出るんです。
泣きたいんです。時間を下さい。」

と必死に伝えて、その後数分間、号泣。

思う存分涙を流した後、何もせず、
そのままベッドへ戻りました。

結局、涙の理由は分からず終い。
たぶんホルモンの仕業だろうということになりました。

人間ってやはり不思議で面白いと思った出来事でした。

巻き込まれる周りは迷惑ですが。。。

バスルームから突然聞こえてきた号泣に
外に居た夫や母は、さぞかしびっくりしたことでしょう。
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# by jozuegoma | 2007-02-04 10:26 | baby |
2007年 01月 27日 |
アメリカで出産するという話をしたとき、
日本の友達の多くから、
「アメリカなら無痛分娩でしょ?いいな~」
という反応がありました。

アメリカではかなりの割合で
無痛分娩が選ばれているらしい。

私自身は出産そのものが初めての経験だったから、
具体的な痛みが想像できる訳でもなく、
それが良かったのか、痛みへの恐怖がなくて、
安全ならば出産方法は何でもOK!
という考えでした。

ところが、実際にアメリカで出産を経験した方々が
口々に無痛分娩を勧めるので、私も次第に
「せっかくだから主流に乗ってみようかな」
という気持ちになりました。

私の2ヶ月前に出産した妊婦仲間が
「麻酔が効いてから出産まで結構時間がかかるし、
暇だから、DVDとか持っていった方がいいよ」
というアドバイスをくれたので、
入院準備バッグにDVDや本、お菓子を詰め込んでいた私。

「痛みを感じず、知らない間に出てきちゃったらどうしよ~」

というノーテンキな心配をしていました(^^;)

そして実際はどうだったかといえば、、、
(出産ドキュメント麻酔前麻酔後を参照)
心配するまでもなく、バッチリ痛みを感じました(笑)

一般的には、早い段階(4~5cm開)で麻酔を注射し、
PUSH前(8~9cm開)までの痛みを和らげる効果があるものだから、
病院に到着した時点で7cm開、麻酔を入れる時点で9cm開の
私には効果が小さかったのだと思います。

しかし、短いながらも、殆ど痛みを感じない時間はあったし、
そのおかげで、グランマを病院に呼び、出産に立ち会ってもらうことが
出来たわけだから、十分にその意味はあったと言えるでしょう。

でも、今回の経験から、
自分のお産スタイル(急進型)が分かったので、
もし次回選択の機会があったとしたら、無痛分娩はやめておこう。
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# by jozuegoma | 2007-01-27 02:12 | baby |
2007年 01月 25日 |
息子との生活が始まって1ヶ月ちょっとが経ちました。

2時間以上連続で眠れない生活は続いていますが、
身体が慣れてきたのか、それほど辛くはなくなったし、
徐々に自分の時間を作れるようになりました。

出産前までは、

「写真付の育児日記をつけて一日一日を思い出に残そう♪」

な~んて、夢みていたんですが、
現実はそんなに甘くなかった・・・。

ゆっくりシャワーを浴びる時間もないよ!
優雅に日記をつける余裕があったら、寝たいよ!

というわけで、計画倒れでした。

幸いにも、グランマ(ばぁば改め)が1ヶ月の滞在レポートなるものを
残してくれたので、それを見れば、この1ヶ月の様子は
わかるようになっているのが救いです。

とにかく駆け抜けた1ヶ月。
これからはもう少し余裕が出てくるかな~

初登場です。
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2007年 01月 20日 |
新年明けましておめでとうございます。

年越しの瞬間は、息子と実家の母と夫と
にぎやかに過ごす予定でしたが、
私と息子は夢の中でした。

確か、昨年もギリギリまで粘ったものの、
新年を迎える10分前に眠りに落ちてしまった記憶が。。。

子供を持つ身となっても、人間はそんなに変わらないのかな。

今年も相変わらず、気まぐれ更新ですが、
ブログはボチボチ続けていきたいと思っております。
よろしかったら、お付き合いくださいませ。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます m(_ _)m

さっそくですが、前回予告したとおり、
夫作の出産ドキュメントをUPします。

私は「Y」、夫は「T」、私の母は「ばぁば」として
お読みください。

以下、目次です。

*****************

出産前日~入院決定

無痛分娩のための麻酔を待つ

GOサインが出るまで

Push! Push!

息子誕生

病院での生活

退院

新米パパの失敗

*****************
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2007年 01月 08日 |
さぁ新しい生活の始まりだと思った瞬間に、新米パパが大失敗。

荷物を車に積んだ際に、
なんと車の鍵までトランクにいれてしまい、車のドアが開かなくなる。

こんなこと今までしたこと無いのに、よりによって大事な時に…。

TがTAXIで家に戻り、スペア・キーを取ってくる間、
Y・ばぁばと息子の三人は病院で待ちぼうけ。

パパになっても、人間の根っこは変わらないようですね(…変えろって!?)。

幸い息子はカーシートがお気に入りのようで、ぐずることも無くスヤスヤと眠っていた。

午後7時頃、予定より遅れて家に到着。新しい生活が始まりました。

《おわり》
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# by jozuegoma | 2007-01-08 08:26 | baby |
2007年 01月 07日 |
医師・看護婦含め、全てのスタッフが良心的で感じの良い人たちだった。
…顔は怖い人が多いけど

丁度出産ラッシュだったようで、
忙しくて手がまわっていないという感じはあったが、
人当たりの良いスタッフばかりで、
言葉の壁があっても不愉快な思いは全然しなかった。

息子は、生まれた頃は極めて静かで、
意外と大人しい子だね~なんて言っていたが、
病院での最初の一晩から、やはり私たちの息子であり、
とても元気な子であることが分かる。

Tは事前に習った新生児をなだめる方法(フットボール抱きetc)を色々と試し、
意外と通用することが分かって得意気となる。
夜中には腹の上に乗っけて寝かせてみたりした。

出産翌日、午後5時、無事退院。
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# by jozuegoma | 2007-01-07 08:22 | baby |
2007年 01月 06日 |
私たちが出産した大学病院では、
問題が無ければ出生後24時間で退院させられる。

その間、様々な検査、最初の授乳、書類の記入などをこなしていく。
結局退院したのは翌日の夕方4時半頃なので、
合計すれば35時間ぐらい病院に滞在していたことになるが、
その間医師も看護婦もめまぐるしく交代する。

医師は4人ぐらい交代したし、看護婦に至っては誰が誰だか全然分からなくなる。
しかし、誰がやっても、一定水準以上の医療サービスが提供できるように
トレーニングされているという印象。
マニュアル社会というわけではないけれど、
合理的な米国型組織の真骨頂を見たような気分。

病院のスタッフは慣れているから良いものの、
我々の側からすると、誰に何を聞いてよいのか、次に何が起こるのか、
全体像が見えてこないので、結構混乱する。
全体の流れを管理している担当看護婦がちゃんといて(…これも交代しながらだけど)、
その人を捕まえて聞けば、今どこまで来て、次に何が起こるのか分かるのだが、
我々がこの仕組みに気づき、キー・パーソンを特定できた頃には、
退院に向けた作業は殆ど終了していた。
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# by jozuegoma | 2007-01-06 08:18 | baby |
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